花柄ぼたもち

50代の主婦、会社員です。結婚早々脱サラして起業した主人は20数年何一つ成功することなく 今に至り、厳しい生活を余儀なくされています。明るく正直な日記を綴りたいと思っています。

私の心は矯正できないのか


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 哀れまれるとか同情されるのに抵抗があります。


身体的な問題や人間関係のトラブルとか世の中にたくさん悩みは存在します。相談されたり愚痴を聞かされることもあります。元来感情移入しやすい方なので、私なりに親身にも思いますし考えを言ったりもらい泣きしたり対処を模索したり慰めることもあります。
もちろん私自身、この年までいろいろな局面に立つ中、周囲に助けられることもあり、さまざまなことは”出来事”として流れていきました。ひどくつらいことがあっても、<状況は変わらないのに昨日より楽になった>を積み重ね立ち直ってきました。人間は強いものだし忘れる力もあります。思い出さない努力もできます。

ただ、人に話せるレベルの悩みか否か、という基準が常にあります。

私は、我が家の金銭的な悩みを絶対人に話しません。その原因を含めて話せば同情もされるかもしれませんが、理解しづらいし解決方法もないし相手は困惑もしてしまうと思います。だから我が家の内情について周囲の誰も知りません。

<大きな不安を抱えていない私>は出勤し、友人と会い、平和な年賀状も出します。その私は人にアドバイスしたりもします。深刻な話にうわべで返すことはない方だと思っています。でも、<大きな不安を抱えていない私>目線で、なのです。他人とかかわるときはあまりに自然にその私が考え、話します。

そのことに気付いたのはつい最近です。老後、の二文字がちらついて来たからでしょうか。
低くても安定した生活をベースに生きてこれたなら全然違う素直な私がいたのにと。なれなかった自分への思慕が止まりません。

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