花柄ぼたもち

50代の主婦、会社員です。結婚早々脱サラして起業した主人は20数年何一つ成功することなく 今に至り、厳しい生活を余儀なくされています。明るく正直な日記、趣味で始めたオンライン英会話のことなども綴りたいと思います。

娘が大学受験に失敗したときのこと


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不合格のメールを受け取った日、帰宅し娘とそれからのことを話しました。
娘は宅浪の計画、と言っても工程を練って毎日図書館に通い勉強するつもりだと言いました。
急に目の前に広がったものがあまりに予想外で(本当は予想できたことなのでしょうけど)寒々しく、ふたりともどこか呆然とした感じで話し合いました。
泣き言にならないよう気丈にふるまう娘と大丈夫よと言う私、ふたりとも精一杯強がっての寂しい会議でした。
大丈夫よ、と言ってもうちは宅浪一択しかないことはわかりきっていました。
どうあがいても予備校に行かせるお金はありませんでした。でもここで負わせるハンディはあまりに大きい、償えないもののように思いました。ひとりで勉強なんてできるのかもわかりませんでした。この子なら大丈夫と思えなかったのはその時が初めてでした。ただでさえ浪人生活は孤独なのですから。

その夜、心配していた母のところにふたりで報告に行きました。宅浪をすると伝えるとそんなことはできない、ひとりでなんて耐えられることじゃない、どこの年寄りも孫の学費の援助はするものだから頼むから予備校へ行ってちょうだいと言ってくれました。我が家の窮乏ぶりについて具体的に話したことはなかったのですが母は理解してくれていて援助を申し出てくれたのです。以前の記事で少し触れたことがあるのですが夫はすでに母にお金を借りていました(この時も私はまだそれを知りませんでした)から本当に母には心配ばかり迷惑ばかりかけています。母は決してお金持ちなわけではありません。それなのに、若いものから学費をせびられて困ると年寄りはみんな言ってるからそれは普通のことだから、と娘も私も傷つかないよう一番ありがたい形で激励してくれました。ふたりとも立ったままでその話を聞いていたのですが横を見ると娘が涙を1つぶ流していました。娘の涙を見たのは幼児期以来のことでした。(あ、山南さんの切腹シーンとかはここぞとばかり泣きますけども)

頼りになる親でいたかったです。

 

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